ポタリング
母親の介護だ入院だのと、自転車に乗る機会が殆ど無いまま立春が過ぎてしまった。
風はまだ冷たいものの陽の光はだいぶ温かみを含んいる。
予約した本を図書館に取りに行くのを口実に、初春の光を浴びにちょっと街中をポタリングしてきてみた。
自宅から図書館までは直線距離で1キロと少し。ポタリングにしては距離も時間も短すぎるので、ちょっと遠回りして港の方を回ってみる。
ここ清水の港では「再開発」をうたって「サッカースタジアム」やら「海洋文化施設」やらの箱モノの建設が動いている。
まあ、それはそれで悪い事とは言えないのだが、何でもかんでもぶち壊して新しいものを作るだけが「再開発」なのかと疑問に感じる。
旧国鉄三保線の跡地に並ぶ倉庫群も、リフォームなり整備すればおしゃれな一角を想像できると思うのだが、そういうところに目を付けないのは本当にもったいないことと思う。
この倉庫が今後どうなるか…どうも先行き暗い感じが漂っているが…できれば後世に残してもらいたい。これもまた財産だと思うのだけど…。
図書館では介護とお金に関するノウハウ本を借りてみた。
今回の母の入院で思い知ったのは、何をさておきお金が大事ということ。
決してきれいごとではなく切実な問題。
母だけでなく父も介護をしている私。これまでお金のことに関してはあまりタッチはしてこなかったがもう避けては通れない。
悲しくもこれが現実。受け入れなければならない。
ディスカッション
コメント一覧
こんにちは
ポタリングお疲れ(と言うほどでもないか)さまでした。
たまに乗ると気持ちいいですよね。
お金は切実ですよね。
お金以外がホントだ大事なんだよ!と綺麗事言ってられるぐらいの人になりたいもんです。(^_^;
しげさん、コメントありがとうございます。
運動不足というのもありますが、両親の介護で朝から晩まで家事をしながら家で過ごすと、正直言っておかしくなりそうで、何かしら理由を付けて外出して気晴らしをしないとと思い、ポタリングに出掛けました。
久々の運動で体力がだいぶ落ちているのを自覚しましたが、気晴らしにはもってこいでした。
母が入院するまでは、家計は父親に任せていたのですが、通帳はどこだ…暗証番号は何だ…とおおさわぎになり、父親に任せておけない状況だと気付きました。
気が重いですが、現実問題として、銀行とのやりとりやら、相続やらが目の前に迫り、きれいごとは言ってられなくなってしまいました。
「お金…あぁどうとでもなるよ…」と言ってみたいです。